快居への取り組み−建築士の果たした役割と限界− 村山みのり
 Aさんの日常は、4.5帖、6帖の畳の上で、床座の生活をしています。従ってトイレ、浴室、台所などへ行く時や外出時はいざり移動と必要な個所で手掛かりを見つけてヨッコラショと立ち上がり、伝い歩きをするという生活でした。安全に立ち上がるための要所への手すり取り付けなど、現在の起居様式や生活の仕方を生かし、より安全性を高めることを改造の基本方針としました。
 Aさんの希望は、以下の4点でした。
1)トイレが狭く、和便器で使用困難なので、洋便器にして使いやすくしたい
2)玄関の上り框の上がり下りを容易にしたい
3)室内歩行のために、床面からの立ち上がりを容易にしたい
4)浴室に捕まるところがなく身体の移動が不安定なので手すりがほしい
 改造の具体的な内容を決めるために、まずは市から派遣されたPTと共に、Aさんに日ごろの室内歩行の様子を再現してもらい、大まかな手すりの取り付け位置や和式便器の洋式便器への取り替え等を決めました。
 この方針をもとに工事のための図面作成に取り掛るわけですが、細かなAさんへのヒヤリング およびシミュレーションを繰り返し、以下のように改造を行いました。
・玄関前廊下と4.5帖居室との段差の解消、いざり移動時のひざを守るために床材をクッション性のあるものに変更
・トイレへの出入口を、つかまり立ちの時にも使用しやすい長い取手のついたレールなし折れ戸に交換
・洋式便器への取換え、手洗いおよび便器リモコンの取り付け位置をシミュレーションにより決定
・洋式便器〜洗面〜居室への移動を助けるための手すりの取り付け
・4.5帖、6帖の和室での立ち上がりのための縦手すりの取り付け
・浴室、浴槽へ出入りするための手すりの取り付け
・玄関の上り下りを助ける手すりの取り付け
市のPTさんの口頭指示だけで建築士の関わりがなければ、恐らくこのような細部への配慮は不可能であったと考えています。
 なお、この事例では工事業者の選定の難しさも経験しました。この点については囲み記事「工事業者について」の項にまとめましたのでお読みください。

■ Aさんは50歳の男性。一人暮らし。
■ 先天性脳性麻痺で、四肢麻痺。但し、右手は文字が書ける程度に動く。
■ 自室で、中、高校生対象に塾をしており、妹さんが週1回食事の支度等家事のために来てくれる。
■ 住まいは木造アパート連棟の1戸。
2)玄関の上がり下りをしやすく
・手すりイ、ロ、ニ、ホ取りつけ
3)床面から立ち上がりやすく歩きやすく 
・手すり1,2,3,4、ハ、ホ取りつけ
・廊下〜4.5帖居室の段差をなくす
1)トイレを使いやすく
・トイレを広くする
・和便器を洋便器に取り替え
・手すりa、b取りつけ
・手洗い器取りつけ
(ワンタッチ水洗金具付)
・大きなリモコン取りつけ
・トイレットペーパー紙巻器は
 使用不可なので落とし紙用ボックス作成
 (Aさんの発案)、取りつけ
・折れ戸(下部レールなし)
   4)身体を安定して動きやすく
・手すり取りつけ 

Aさんのコメント
 トイレの改造を主とした工事を終えてから早1年が過ぎました。20年来の和式のトイレは狭く段差もあり、かがみ込んでの用便は腰痛がある時などは大変だったと言えば誰でも想像できることでしょう。縁あって「快居の会」のご指導で大幅な改造に着手し、トイレというイメージが一変した空間が出現しました。詳しくは私のホームページに紹介していますのでご覧下さい。
 http://www.my-a.net/adachi/kaizo.html 
 
 私の仕事上、毎日何人かが来ますが誰もが無意識に手すりを持って出入りしています。そして「楽だからつい持ってしまう」と言います。私は、「どこの家でもいつかは必要になるんだ」と答えます。今後は公共施設の福祉的設備充実から、段差の解消とかドアの仕組みとかの個人家屋の設計・改造が不可欠な時代となるでしょう。毎日の生活の場の個人に合った改造は、身体の危険予防や気づかないストレスの解消にもなっています。まだここも改造したいと欲を出しているこの頃です。
工事業者について

 はじめAさんから、Aさんのアパートに出入りしている工務店に依頼して欲しいとの要望があったが、図面の読み方、見積り等住居改善に対して心許ない点が多くあり、市の住宅改造業者のリストから1社を選び依頼した。やはり、初めての工事依頼だったので工事のレベルに多小の不満が残った。工事内容の荒さを原因とする幾つかの点を指摘し、手直しを要求したがこちらの要求レベルまでには至らなかった。浴室の手摺の取りつけについては、業者はタイルの下地の強度の確認をしないまま手摺を取りつけると言い張ったが、下地強度の確認は頑としてやらせた。
 このような小工事といえども経験豊なきちんとした工事をする業者を見つけるのはむずかしい。市のリストにあるからと言ってかならずしも障害者のための住宅改造の技術水準が高いとは言えない。


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